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森下 澄子

18/05/1942 – 07/11/2024

経歴

澄子は、松山の県立高校で長く国語を教え、幾世代もの生徒に言葉と詩を愛する心を伝えてきました。戦時下の愛媛県八幡浜、海を見下ろす段々畑のみかん村に生まれ、畑と本の間で育ちました。三人の子と七人の孫に恵まれ、日曜日をいつも小さな祝いの日にしていた人でした。庭仕事と漢詩をこよなく愛し、夜明けの道を歩くのが習いで、書きかけの詩のノートと大きな書棚、そして自由で、よく笑い、深くやさしかった人の記憶を残してくれました。

“散る桜 残る桜も 散る桜”

– 良寛

思い出

実家の庭、六月の午後。

実家の庭、六月の午後。

愛媛県八幡浜市

思い出

日曜日にはいつもおはぎをこしらえ、美空ひばりを口ずさんでいました。台所は小豆の甘い匂いで満ち、母の笑い声が家じゅうに響いていました。

— 長女 恵子

朝はこの書棚の前で、珈琲と一冊の本とともに過ごしていました。

朝はこの書棚の前で、珈琲と一冊の本とともに過ごしていました。

愛媛県松山市

70歳の記念に訪れたイタリア。ヴェネツィアは濡れた石と郷愁の匂いがすると言っていました。

70歳の記念に訪れたイタリア。ヴェネツィアは濡れた石と郷愁の匂いがすると言っていました。

イタリア ヴェネツィア

エピソード

65歳で中国語を学び始めました。杜甫を原詩の音で読みたい、理由はそれだけでした。半年後には、食後に「春望」を朗々と聞かせてくれました。

限りない根気で世話をしていた薔薇。

限りない根気で世話をしていた薔薇。

愛媛県八幡浜市

78歳の夏、家族で歩いた上高地。梓川のほとりを、ゆっくりと。

78歳の夏、家族で歩いた上高地。梓川のほとりを、ゆっくりと。

長野県 上高地

追悼の言葉

長女 恵子

3 日前

“お母さん、本と季節と静けさを愛することを教えてくれました。おはぎの一つ一つ、暗誦してくれた詩の一つ一つに、ありがとう。あの家はこれからも、私たちが心の中で帰っていく場所です。”

卒業生 瀬戸 和彦

先週

“森下先生は、私に書きたいと思わせてくれた先生でした。30年たった今も、先生の萩原朔太郎の授業を覚えています。一行がぴたりと決まったときの、あの笑い声も。”

孫 彩と翔

2 週間前

“大好きなおばあちゃんへ。八幡浜で過ごした夏が、私たちのいちばんの子どもの頃の記憶です。みかん畑の匂い、寝る前のお話、石段でつないでくれた手のこと。”

歩んだ道

  1. 18 5月 1942

    愛媛県八幡浜に生まれる

    戦時下、海を見下ろす段々畑の村に生まれ、みかんの木と、石積みの畑と、日曜市で見つけた最初の本の間で育ちました。

  2. 1964

    教員採用試験に合格

    言葉を伝えることに捧げた歳月の、その始まりでした。

  3. 6月 1967

    敏夫と結婚

  4. 1968

    長女 恵子が生まれる

  5. 9月 2012

    70歳の記念にイタリアへ

    濡れた石と郷愁の匂いがすると、澄子が言っていたヴェネツィア。

  6. 7 11月 2024

    永眠

プレイリスト

  • La Bohème

    Charles Aznavour

  • River Flows in You

    Yiruma

  • Comptine d'un autre été

    Yann Tiersen

  • Ne me quitte pas

    Jacques Brel

  • Nocturne in E-Flat Major, Op. 9 No. 2

    Frédéric Chopin

家系図

13人 · 3世代

お参りの場所

森下家墓所(石手寺霊苑)

愛媛県松山市石手2丁目9-21