このページのほかの言語版は、曲を選ぶところから始まります。日本では、その前に 一つ確かめることがあります。
⚠️ 仏式の葬儀に音楽の枠はありません。 式の時間を満たすのは読経です。 入場の曲、退場の曲、献花のあいだの曲——どれも日本の葬儀の形式にはありません。 これは不足ではなく、式を支えているものが音楽ではないからです。
ですから問いは「どの曲を流すか」ではなく、その曲がどこで流れるかになり ます。場所は三つあり、二つは式のあとです。
音楽が入る三つの場
一、出棺のとき。 式のなかで曲が流れる唯一の場面で、これは実際に行われて います。棺が霊柩車に向かう二、三分。葬儀社に頼めば用意してくれます。ただし 一曲の全部ではなく、はじめの二分です——出棺は短く、曲が終わるのを待ちま せん。
二、無宗教の音楽葬。 読経のない式を選ぶ家族は増えていて、その場合は時間 が空きます。音楽葬と呼ばれ、生演奏(ヴァイオリン一本、ピアノ一台)か録音の 再生で、三曲から五曲。葬儀社の見積りに項目として載っています。自由度は高い ぶん、構成を自分で決めなければなりません——読経が決めてくれていた順番が、 ないからです。
三、お別れ会。 四十九日のあと、あるいは数か月後に、親しい方だけで開く会。 ここがいちばん自由で、いちばん音楽に向いています。式ではないので 忌み言葉の縛りも弱く、本人が好きだった ものをそのまま流せます。
何が持ちこたえるか
会場で五十人が黙って聞く曲は、車のなかで聞く曲と同じようにはふるまいません。
歌詞が前に出る曲は危ない。 日本語の歌詞は聞き取れます。会場の全員が一語 ずつ聞いてしまうので、何でもない一行が急に大きくなります。器楽曲、あるいは 歌詞が日本語でない曲は、そこが楽です。
短いほうがいい。 五分の曲は会場では長く感じられます。出棺なら二分、音楽葬 でも三分台のものが扱いやすいです。
本人の曲であること。 「葬儀に合う曲」を探すと、聞いたことのある定番に 行き着きます。それは誰のものでもありません。その方が車で鳴らしていた曲、台所 で口ずさんでいた曲のほうが、よほど届きます。
歌謡曲やポップスでいいのか——という問いは必ず出ます。答えは、出棺とお別れ 会ならよい、です。親族の年齢層が高い場で読経の直後に流す場合だけ、一言 添えると収まります。「父が好きだった曲です」で足ります。
著作権:会場で流すことと、ページに載せること
ここが日本独自の、そして一番誤解されている点です。
会場で CD や配信を流すこと。 著作権法三十八条一項は、営利を目的とせ ず、聴衆から料金を受けず、演奏者に報酬を払わない上演・演奏・上映を許していま す。葬儀で遺族が故人の好きだった曲を流す行為は、通例この範囲に収まります。 生演奏の演奏者に謝礼を払う場合は条件が変わるので、葬儀社か演奏者に確認して ください。
🔴 ページに載せることは、別です。 同じ曲を追悼ページや動画に載せる行為は 公衆送信(二十三条)にあたり、三十八条一項の対象外です。会場で流せたこと は、ウェブに載せてよい根拠になりません。ここを混同して動画を公開してしまう ご家族が実際にいます。
ですから追悼ページに残すなら、曲そのものではなく、曲名と、 なぜその曲なのかを書くのがいちばん確実です。「『津軽海峡・冬景色』、父が 運転中にかけていた唯一の曲」——これは誰の権利にも触れず、二十年後の孫に意味が 伝わります。
曲名より残るもの
音楽が思い出に結びついているのは、曲そのものではなくそれが鳴っていた場面 です。誰が歌っていたか、どこで、何をしながら。
その場面は、曲よりも早く消えます。曲は残りますが、「母が味噌汁を作りながら これを歌っていた」という一行は、書き留めなければ二世代で失われます。 追悼ページに家族それぞれが書き足せるのは、まさにそこです。
そして声そのものが残っている場合——留守番電話、ビデオの端、法事の録音—— それは曲より価値があります。扱いは 故人の持ちものをどうするかに あります。
曲ではなく言葉を探している方は 弔辞に使える詩を、述べること全体に ついては弔辞の書き方をご覧ください。
追悼のかたち全体はまとめのページに あります。
根拠:著作権法第二十三条(公衆送信権)および第三十八条第一項(営利を目的と しない上演等)。具体的な式での扱いは葬儀社にご確認ください。



