祖母への文章は一分で、美点ではなくはっきりした一つの事実の上に組み立てます。 習慣、祖母の一言、料理、手の動き。「いつも優しい言葉をかけてくれました」の ような言い方はどの祖母にも当てはまり、どの祖母も見せません。孫を代表するなら、 一人ずつに一文もらって誰のものかを言って読むほうが、整えた追悼より正しい文章 になります。
以下に四つの全文があります。役目は一つだけです。細部を自分のものに置き換えて いただくことです。書き方の決まりは 弔辞の書き方にあります。
三つの常套句を避けてください
人を見せるかわりに、消してしまいます。
- 「いつも優しい言葉をかけてくれました。」
- 「何でも教えてくれました。」
- 「あの家はいつもいい匂いがしました。」
問題は嘘だからではありません。どの祖母にも当てはまるからです。一つずつを事実 に置き換えてください。それが 書き方の全部です。「料理が上手でした」 ではなく、「煮物は前の日に作っていました。翌日のほうがおいしいからと言って」 です。
四つの文例
年をとってからしか知らなかった祖母
祖母はほとんどの場合、年をとってからしか知りません。人生の三分の二を見て いません。それを言うこと自体がもう追悼です。
「おばあちゃん、私があなたを知ったのは七十歳のときでした。松本の台所で。 私にとってあなたはいつも、眼鏡を額に上げて、肩に手ぬぐいをかけていました。 今週、写真を整理していて知りました。二十歳のとき、一人で東京の縫製工場に 働きに出ていたと。若いあなたを想像したことがなかったし、一度も尋ねません でした。おばあちゃん、私はあなたの人生の最後の三分の一しか知りません。それ でも十分に多かったです。今日悔やんでいるのは、話してくれなかったことでは なく、尋ねようと思いつかなかったことです。」
日曜の食卓
料理、食卓、一組の箸。物は、人物描写よりも早く人を連れてきます。
「おばあちゃんの家では、食卓に座るのではなく、座らされました。煮物は土曜に 作っていました。日曜のほうがおいしいからと。それについては、ほかのほとんど のことと同じように正しかったです。いつも一人分多く箸を出していて、それを 使う誰かが必ず来ました。あの煮物は作れません。覚えます。あなたの食卓に座り 続ける方法を、私はそれしか知りません。」
孫を代表して
一人ずつに一文もらって、誰のものかを言って読んでください。三つの声は人を 立体にしますし、喉が詰まっているときのほうが読みやすいのです。
「おばあちゃん、孫は四人いて、それぞれ一文を言いたいと言いました。真央は 手のことを覚えています。いつも冷たくて、夏に私たちの頬に当てて冷やして くれた手です。悠真は、両親の前でかばってくれた一度のことを覚えています。 杏は、いつも一日早く届いた誕生日のはがきを覚えています。私は、答えが 「だめ」のときに「そうねえ」と言う言い方を覚えています。私たちは同じ祖母を 持っていて、それぞれ違う祖母を持ち帰ります。あなたに愛されたというのは、 たぶんそういうことです。」
子どもが述べる
子どもは望めば述べられますし、誰も文章を期待していません。一文、棺に置く絵。 どれも受け取られます。強いないでください。そして止めないでください。式から 外されたことは長く残る悔いです。それについては 子どもに死を伝えるをご覧ください。
「おばあちゃん、花札を教えてくれて、わざと負けてくれたでしょう。知って ました。あの札、ぼくがもらいます。」
兄弟姉妹については、同じ原則が別の文章になります。 兄弟姉妹への追悼の言葉です。
一度も話してくれなかったこと
祖母の死はほとんどの場合、一つの記憶の喪失です。写真に写っている人の名前、 その土地の話、親族のこの家とあの家が口をきかなくなった理由。その世代には、 誰も自分からは話さなかったものが加わることが多いです。戦争、引き揚げ、家では 話題にならなかった子ども時代。時間があるうちに尋ねようと思う人はいません。
祖父母がまだいらっしゃるなら、録る時期は今です。携帯で十分です。そして式の あいだに語られたこと、覚えているいとこたち、出てきた写真。 まだ回っているうちに集めてください。 一か所にまとめておく方法は お墓がないときの追悼と まとめのページにあります。



